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【 Inner God Journey 続 ② 】

今回、九州を一緒に旅してくれた
相方トルトゥーガ(車)を、貸してくれた海老名の友達に返しに、3月25日に関東に行く予定だったので、

淡路島でゲストハウスをやろうとしてるRioさん。
今度、会えたらいーねということで
3月29日に東京で会う予定にしてました。

     

僕が大好きな人がたくさんいる徳島県神山町
ここ実ハウスの友達を案内したのが22、23日。
すると友達が、

「23日淡路島に行きたい
 Rioがおいでって言うから」

へぇ〜。
Rioさん、ちゃんとお話したことないのに
急にご縁があるなぁ。
ということで、
淡路島に行くことに☆


神山で色んな方にお世話になって、
温泉での奇跡の出会いもあって、
僕にとっても、(多分)友達にとってもいい時間で、

淡路島では何が起こるんだろう。

 

そんなことを思っていると、
淡路島へ出発するときに、

 

ちょ〜忙しいはずの
東京の友達が淡路島入りすることが分かり、
Rioさんと友佳子さんと空佳ちゃん
と一緒に会うことに☆


「こんなところで会うとは」

って言葉、なかなか使わないのに、
1日に2回も。笑

 

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会えたは会えたけど、
そこでは時間がうまく合わなかったので
話し足りず、ごはんに行くことに☆


ごはんに行った先で、
空佳ちゃんのチャイルドシート
茅ヶ崎まで運ぶことを頼まれ、

海老名と茅ヶ崎、近いし、
業者に頼んだら、高いし、
いいですよ〜ということで
チャイルドシート茅ヶ崎に持って行くことに☆
   
    

大阪、天理、伊勢を経由して、
仮眠をとって、深夜高速を運転し、
25日、朝の7時に茅ヶ崎に到着。
     
よっしゃ、チャイルドシートを部屋に
置いてこようと思った
その瞬間、

Rioさんから1通のメールが入りました。

「ゆうきくん、おはよ〜!
今日の昼に届けられるって話だったけど、
予定通り行けそうかな?

あーすじぷしーのまほが、
作業するのにその家を使いたいって言ってて、
できたらスムーズに貸してあげたいと思ってね!

無理はしないでいいから、
どうなりそうか分かったら教えて〜!」

 

えっ!!!

 

「まほさん、茅ヶ崎にいるなら、
 鍵渡すだけでも会いたいです!
 
 まぁでも、タイミングあるだろうから、
 成り行きにまかせます」

 

という旨をRioさんに伝えると、

1時間後に、
えらいチャーミングな顔文字と一緒に
まほさんからメッセージが来ました!

 

「鍵を貰うついでにお茶々せぬか٩(๑`^´๑)۶」

「でね、今日なんか予定ある?

   なほの旦那のぴいしゃんが茅ヶ崎なんやけど、ゆうきくんと遊びたいんやって😊」

 

おー!!!

『その、流れ、乗れる!!!』笑

 

お昼に茅ヶ崎駅

まほさんとお茶して、

午後はひろきさんとデートする

ことになりました(^^)

 

『 Inner God Journey 続 ① 』

 

九州での2ヶ月の旅を終え、

出雲の実家に荷物を置きに帰ったのが3月19日の夜。

 

20日の朝に出発したから、

家には12時間もいなかったけど、

その夜に家族と話した時間が、

自分にとっておっきな時間でした。

 

1993年2月に3人兄弟の3番目として

生まれた僕は両親にも祖父母にも可愛がられ、

末っ子らしく兄弟で1番やんちゃな幼少期を過ごし、

小学3年生から野球を始めました。

 

自営業で塾を営む父は、

僕が小学生のとき、よく公園に連れてって、

キャッチボールをしてくれて、

 

土日は僕が試合に出ないこともあるのに、

いつも応援にきてくれました。そんな優しい父でした。

 

 

でも、高校に上がるあたりから、

長い長い反抗期が始まりました。

 

挨拶されても、「うん」しか言わない。

むしろ、「うん」さえも言わない。

目を合わさない。

会話は必要最小限。

ほとんど、ない。

 

当時は、なんで口きかないの?

って言われても答えられなかったと思います。

 

 

今、理由を作ろうと思ったら、

「父の男らしくないとこ」が嫌だったんだと思います。

 

今、その時の本音を思い出したら、

「怒られたかった」

「ちゃんと話したかった」

「家族、仲良くしたかった」

 

でも、きっかけを作れず、その反抗期はズルズルと続き、

高校3年間が終わり、浪人時代も、大学時代も。

 

大学で東京に出て、働いた居酒屋が

「誕生日に両親に『産んでくれてありがとう』を伝える」

というのを大事にしていたから、

ありがとうを伝えてはいたけど、

仲が良かったかと言われたらそうじゃなかった。

 

それは、多分、、

自分が受け入れきれてなかったからだと思う。

本当はこうしたい

という声に耳を傾けなかったからだと思う。

 

 

それとは逆で

父の度が過ぎる心配性に苛立っていました。笑

 

 

半年に一度くらいの頻度で出雲からわざわざ東京に来て、僕が働いていた居酒屋に飲みに来たり、

 

僕が大阪で、ミュージシャンがオーナーの飲食店の店長を始めた時は心配でたまらず、大阪の市内探偵にお金を払って、店があぶない所ではないか調べたり、

 

車中泊で九州を旅しているときに来たメールは

「もし、山の中でガソリンがなくなったら連絡しなさい。そこまで迎えに行くから」

 

・・・・・・

 

もちろん、僕がたまにしか連絡をしなかったから

っていうのがすごい大きいと思う。

 

     

    

でも親不孝息子は

父さんに求めてた。

 

 

「お前なら大丈夫。

何を選んでも応援するよ」

って言って欲しかった。

 

 

僕を、信じて欲しかった。

もっと、認めて欲しかった。

 

 

父さんなりのおっきな愛を、

僕はむしろネガティブに受け取っていた。

 

 

何かを外に求めるんじゃなくて、

受け入れることが自分には必要なのに。

 

父からもらっていた愛情も。

自分の中のトラウマも。

 

受け入れることが必要なのに。

 

 

 

今回の帰省で、出雲に帰ったときに

友達に聞かれたんです。

 

 

「父さんとの関係、本当はどうしたいの?」

 

 

問いたくなかった問いでした。

開けたくなかった扉でした。

 

内側の感情に蓋をして、

トラウマに向き合わない選択の方が、

楽でした。

 

 

でも、本当は、

 

「父さんと仲良くなりたかった」

「ふつーに喋りたかった」

 

自分一人じゃなかなか気付けなかったけど、

友達に背中押してもらいました。

 

「踏み込んで聞いてみなよ。

『高校3年間俺が口きかなかったとき、どんな気持ちだった?』

って」

 

トラウマ、

ど真ん中!

 

「いやいやいやいや、むりむりむりむり」笑

 

。。。

 

でも、そうだよね。

自分の本音が言ってる YES を知ってるのに、

それをやんなかったら、ウソだよね。

 

いいことをブログには書いてるのに、

ウソだよね。笑

 

 

踏み込みたくないし、

逃げたかったけど、

 

ちゃんと向き合ってみよう。

そう思いました。

 

 

父さんの塾の仕事が終わるのは早くて22:30。

それまでは、かあさんと兄貴と3人で飲みながら、

 

「九州の旅の途中でこんな楽しいことがあったんよ!」

とか、

 

「あんたこれからどうすんの?」

 ー「決めてない。が、本音。

  けど目指すとこは変わらずこういう感じだよ」

 

っていう話をしてました。

次第に、みんな眠くなって、

父さんの仕事が終わるまでしばし休憩。

兄は就寝。

 

23時ごろ、父さんが仕事終わって、

かあさんと3人で乾杯で再スタート。

 

いつも、心配してくれる父は

僕の収入が気になるのと、

実家の近くにいて欲しいのとで、

    

「医者を目指して勉強するなら。。。」

とか、

「教員になるっておじいさんと約束。。。」

とか、

「母さんの実家はお前に継がせようと。。。」

とか、

 

色んなことを言ってくれるのですが、

今回は自分の状態が良くて、

自分に受け入れる準備ができていたから、

 

「いや、そうじゃなくてさ!」

じゃなくて

 

「うん、うん、そうだよね」

っていつも以上に聞けたんです。

 

 

そのあとは、僕の番です。

いつもは

「こんな世界を見てきたんだ!

 だから、こんなことがしたいんだ!」

って、自分の選びたい道を分かってもらおうと必死でした。

     

でも、見てきた世界が違うし、

僕もまだやってないことを理解させるのが

むずかしいのは当たり前だと思ったんです。

 

 

「九州の旅ではこんなことしてきたよ!」

楽しかった熱量をそのまま伝えたから、

父さんも「いい経験してんだな」

って思ってくれたんだと思います。

 

「これから、悠樹は何するの?」

「2ヶ月はbinwanで働かせてもらう!

 そのあとは分かんない!っていうのが本音。

 そのとき、自分が一番いいと思う道を選択するよ。

 でも、5年って決めてるから。

 5年で掴めなかったら、安定した職に就くよ」

 

そんなことを言いました。

どれくらい納得してくれたかは分かりませんが、

手応えのある会話でした。

 

 

そのあと、スポーツニュースが流れ、

会話もたわいもない感じになって、

もう一歩、踏み込まなくてもみんなハッピーで終われる雰囲気になり、

最近、寝室の天井にイタチがいるという母は、居間のこたつで寝はじめました(笑)

 

でも、まだ目的が達成されてない僕は、

 

なんと言って切り出したか覚えていませんが、

僕と父の二人になったところで、聞いてみました。

 

「あのさ、おれ高校のとき、ほとんど口きかんかったじゃん。

 父さん、どんな風に思ってた?」

 

「う~ん。。。

 反抗期だけん、仕方ないと思ってたよ。

 むしろ、おれにどんな原因があるんだろうって思ってた。」

 

絶対、口をきかなかった僕の方が悪いと思ってたから、

父さんが自分に責任があると思ってるのは予想外でした。

 

「そうだったんだ。

 反抗期だから仕方ないって思ってくれてたんだ。

 でもさ、3年もだよ。

 本当は仲良くなりたいと思ってたし、

 普通に話したかったのに、

 おれが頑固でさ、バカでごめんね。」

 

「まぁ、反抗期はそれぞれの子どもで違うからなぁ。

 だし、自分の責任にする方が楽だもんな 」

    

 

「まぁね、人のせいにしたらしんどいもんね。

 でもさ、その時、本当はどんなこと思ってた?」

 

「そりゃね 笑

 なんで無視するんだ!とか

 寂しいな、とか思ったよ。」

 

「そうだよね。

 口きかんでごめんね。

   

 おれもさ、すごいトラウマでさ。

 だけん、話できてよかった。

 ありがとう。 」

 

「おれも話せて良かったよ。

 ありがとう。 」

 

そうやって、話が終わったときに、

心の鎖が1本抜けた気がしたんです。

 

 

『あぁ、本音をシェアできて良かった。』

 

 

 

 

 

多分、父と向き合うタイミングは

2周目、3周目が来ると思います。

 

その時の精一杯、心を開いて、

感謝とリスペクトを持って、

関わっていけたらと思っています。

 

 

ずっと溜まってた言葉も

口にして、開放してあげると心は本当に楽になる。

 

本当に向き合いたくないことこそ、

向き合ったら、おっきいご褒美がもらえる。

 

そんなことを思った父との時間でした。

    

 

    

その翌日は、めちゃ早起きして、

朝6:30から出雲大社に参ったあと、

 

スサノオさんを祀る須賀神社に行って、

引いたおみくじにすごい嬉しいことが書いてあったんです。

 

『思う事 思うがまゝに

  なしとげて

  思う事なき 家の内かな 』

 

「目上の人の思いがけない引き立てで

 心のまゝに調い(ととのい)家内仲良く暮らされます」

 

「大吉」でした。

 

 

思うがままにいくと言ってくださったのは単純に嬉しい(^^)

でも、そんな時だからこそ、感謝とリスペクトを持って、

一歩ずつ。

 

そして、背中押してもらって、

家族の仲が深まったのも見てくださってたんだと思います。

 

これから、どんなお引き立てがあるんだろうと

ちょっとワクワクしながら、

神の国、出雲を離れ、

神の山、徳島、神山町に向かいました。

 

 

【 家もなく、学校もなく、職場もなく、彼女もいない僕が     旅で感じたこと 】

◯ハワイから帰国した、その日の夜

いつもの2倍の時間を要し、

今までで一番多くの方にお世話になって、

ヒッチハイクで、徳島にたどり着いたのは、

     

1月28日、旧暦の正月。

      

「一歩ずつ、ゆっくり。」

「感謝を忘れるな。」

というメッセージをもらい、

大好きな神山のホストファミリー定岡家と一緒に

薬師寺にお参りしてから、

1月31日に九州上陸、今回の旅がスタートしました。

    

車中泊で、

大分、熊本、福岡、鹿児島をゆっくり回り、

      

友達を巡って、友達と一緒に、

石見銀山出雲大社、広島・横川、

徳島・神山、淡路島、天理、伊勢を駆け足で回り、

      

3月25日。

      

東京に戻ってきました。

      

      

◯午後の予定は、お昼に決める、

明日の予定は、寝ながら決める、

明後日の予定は、分からない。笑

     

都会にいる時とは違って、     

スケジュール帳はほとんど真っ白。

    

    

昔だったら、

真っ白で、予定がないことが、

怖かったし、

友達がいない自分が嫌でした。

    

できる限りバイトを入れて、

予定を詰めて、人に会ってた。

     

それはそれで、人に会って刺激をもらって。

その時の自分には必要な体験だったと思う。

 

 

けど、不安からくる行動に対して

自分の心は、どんだけYesって言ってたんだろう。

 

 

今回の、車中泊の一人旅。

家もなく、学校もなく、職場もなく、彼女もいない、

 

そんな旅で、

 

感じました。

 

     

失うのが怖くて、不安になるのは、

所有するからなんだ って。

 

 

色んなものを手放してみたら、

自分の居場所は自分の中にある って。

 

 

24年間、「社会」に作られた価値観に従って

生きてきたけど、

 

自分の内側の心が言っている

”YES”を選択できる人生がいい。

 

 

『忙しい』も『忘れる』も「心を亡くす」 ……… へぇ~。なるほど。】

【『忙しい』も『忘れる』も「心を亡くす」

 ……… 

 へぇ~。なるほど。】

       

調べたところ、ピンときたのは

部首の性質の違い。

     

りっしんべん:外的な要因に寄り添われた心

したごころ :自分で何かを上に乗せている心

     

忙しいのは、心を(外的な要因によって)亡くされた状態

忘れるのは、心を(自分で)亡くした状態。

     

     

心が持つ『忘れる』という機能はとっても大事。

これは、

みんな、頷いてくれるはず。笑

    

     

でも、その「機能」を

うまく使いこなすのは僕にはできない。笑

     

    

忘れようってしたら、

そこに心を向けて、意識して、

逆に思い出してしまう。

      

     

だから、

僕が意識してるのは

「その出来事をちゃんと味わって、

湧き出てきた感情を受け入れて、

消化しやすいように噛み砕いて、

      

 

新しい体験をたくさん入れる!!!」

 

     

ごはん食べたら、体がちゃんと消化してくれるから、

パンパンに張って苦しかったお腹も、

トイレ行ってスッキリするんだけど、

 

味わいたくない体験をしたとき特に、

心がちゃんと消化してくれないと、

そりゃ、便秘になるよね 笑

 

 

出したとしても、

そのごはんから頂いた栄養は

必ず、自分の血となり、肉となってるから、

      

天地のお恵みに感謝。

     

     

     

心をスッキリさせようと思ったら、

外的な要因に心を亡くされていたら難しいけど、

それを経験するのもステキなことだから、

それはそれでいい。

      

うん、それはそれでいいんだと思う。

便秘があるから、スッキリしてる状態が嬉しい(^^)

取り返しがつく範囲で、色んな経験をしたい。

      

     

今、どっちをやりたいかは

自分で選べるから、

それも自分のチョイス。

 

今の自分は、
        

「その出来事をちゃんと味わって、

湧き出てきた感情を受け入れて、

消化しやすいように噛み砕いて、
自分の栄養にしたい。」

      

     
よし、

次の一歩のために、

ちゃんとうんこしよ。


・     
・     

うんこ ってやっと言えた。

スッキリ 笑

【値段のない飲食店②】

お会計はハートマネー。

     

スタッフの約半分は外国人。

スタッフのほぼ全員が旅人。

       

      

◯英語に自信がなかった自分は、

「明日フランスから2人来るから。

 明日イギリスから1人来るから」

     

と言われる度に、ビビる 笑

     

でも、できないなりに、一生懸命伝えようとして、

「すろーりーぷりーず」と言いながら、

一緒に散歩に行ったり、お酒飲んだり、

毎日楽しく、ヨーロピアンな料理を食べたりしました(^^)

     

     

◯料理に自信がなかった自分は、

「1日に好きな料理、4.5品作ったらいいから」

      

と言われ、ビビる。笑

    

でも、やってる先輩を見ながら、

素人なりに一生懸命準備して動いて、

お客様に食べてもらえるごはんを、

12日間で、60品以上作りました。

(そのうち30品くらいは初チャレンジ)

発芽玄米も炊いたし、全粒粉のパンも焼きました。

     

     

◯場作りに自信がなかった自分は、

外国人のWWOOFerも、日本人の旅人も、地域の人たちも、

みんながそれぞれの気持ちいい距離で関われる自由度の高い

空間を作ってるオーナーにビビる。


「好きな料理を作ってください」      

ルールは最小限。

任せて、見守る器の大きさ。

     

みんなが好きなことをやって、

それが回っていくのが、本当、感動レベル。


色々、大変なこともたくさんあると思うけど、

毎週入れ替わる、旅人スタッフたちによる

臨場感のある今を楽しみながら、

         

子供たちのためにやるべき活動をやる姿、圧倒的でした。


        

      

      

【やっぱり、僕は体験からしか学べない】

      

◎「一言フレーズ英会話」的な本をやるよりも英語を話すのに役立ったのは、

「居酒屋」で働いて、お客様に喜んでもらおうとがんばった経験。

そんなもんです(^^)

     

           

      

◎「よく生きるって何だろ?」って考えるのも大事だけど、

        

毎日のごはんが美味しかったから、

囲む食卓が楽しかったから、

酒がうまかったから、

      

「よく食べる」ことは僕にとって

「よく生きる」ことの大きなウエイトを占めてる!!!

ってことに気づく。

           

けど、

腹を見て思うのは、

食べないことが好き。

にも、なろうってこと。笑

       

     

     

◎よく生きるために、

     

「自分の心の声を聞こう」

    

とか

     

「未来や過去じゃなくて”イマ”を生きよう」

    

とか

    

本で読んだり、人から聞いたりして、

たしかに〜と、価値観は広がった。

      

けど、実践することで世界が変わった。

     

なんでもそうだけど、

やってる人と一緒に学ばせてもらうのが一番。

     

いい経験をさせてもらいました。

ありがとう。

     

      

体験を流し読みできる器用さはあまりないから、

意味を咀嚼して、自分の中に落としてから、

次のセンテンス、次の段落に。

     

今日は水俣の資料館。

明日は知覧の平和会館。

     

焦らず、丁寧に。  

「感謝」と「リスペクト」を持ちながら。

          

         

鹿児島の方に行くのは、去年の屋久島と

子供の時にやった 桃鉄 ぶり。笑

          

急行カードは使わず、

一歩ずつ進んでいきまーす(^^)

【値段がない飲食店①】

食べ放題行くと、元を取ろうと必死でした。

でも、そもそもの元が決まってない飲食店で、

働いてみました。

     

《お会計は全てハートマネー》

     

大分県 湯布院 の 

『原っぱカフェ』で働き始めて1週間。

※このメモを書いたのは3/1くらい。笑

     

      

「お客さんの生活と

僕らの運営と

どっちもうまく回ったらいいと思ってます」

     

払う値段を決めるのは

食事から価値を感じたお客さん。

      

     

そのシステムがどうやって成り立っているのか

知りたくて、WWOOFとして働き始めました。

     

◯毎日の仕事は

ビュッフェの料理をつくること。

メニューは特に決まっておらず、

「自分が好きな物、食べたい物を作って」

    

自分が食べたいものの方が

美味しくなるし。お客さんも喜んでくれるから。

    

◯毎日のごはんは

ビュッフェのごはんの余ったものや

自分たちで作ったパン。

たまにアルコール買ってきてみんなで乾杯 笑

      

◯毎日のお風呂は

24時間入れる温泉、露天風呂。

↑ 本当にぜいたく。

     

◯それ以外の時間は

明日、ごはん何を作ろうか調べたり、

海外からやってきてるWWOOFERと一緒に喋ったり、

山に登ったり、散歩したり、本読んだり。

     

カフェに集まる地域の方々や、WWOOFERたちは、

面白い素敵な人がたくさん。

       

料理に興味がある人なら、

めちゃめちゃ充実したぜいたくすぎる環境だと思います、

      

      

一人暮らしの車生活とは違った豊かさを享受しながら、

そこで、何を感じ、どう自分が変化したのか

2週間が終わった時にまた、振り返りまーす(^^)

【本を読むって、 『モジノラレツヲサイゴマデメデオウコト』  だと思ってた】

【本を読むって、

『モジノラレツヲサイゴマデメデオウコト』

 だと思ってた】

    

読みかけの本が何冊も。

これは飽き性の僕には向いてない。笑

       

そこで、

最近はまってるのは「5分読書」

       

全部読もうと思ったらしんどいから、

著者のメインメッセージを自分なりに把握して、

新しい気づきが一つでもあれば、

      

100pの本の10pしか読まなくても

それは価値ある読書。

     

     

「読書だから、最後まで読もう!」

と思ってる人は

100点を目指す優等生。 

     

それができる人は素晴らしいんだけど、

     

80点、60点でいい。

むしろ、10点でもいい 笑

     

      

数値化しやすい

”100点満点” は ”誰か” の評価。

    

大事なのは

自分が、一歩。

進んでることを自覚すること。

          

             

こんなカフェで毎日、本読めたらなぁ、、

って思ってたけど、

           

それが叶った今日この頃。

いぇい(^^)


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